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NPO法人中部リサイクル運動市民の会は、日本の市民運動から発展した事業形NPOである。2001年に創立21年を迎えた。NPOの存在意義である、地域や社会の変革を実践してきた。
朝日新聞2001年12月6日(木)夕刊の「窓」の「ごみ処分場」に、中部リサイクル運動市民の会が名古屋市を変えたその実績を紹介している。要約すると、
「名古屋市は99年はじめに、名古屋港の藤前干潟に予定していたごみ埋め立て処分場の建設を断念した。「シギ・チドリの日本一の飛来地を守れ」という声に押されたためだ。99年2月に名古屋市は「ごみ非常事態宣言」をした。その後、市と市民と市民団体(中部リサイクル運動市民の会)が協力して、過去3年間、ごみの減量に努めてきた。名古屋市のビンやカンなどの分別収集は10種類以上を超え、容器包装リサイクル法のモデル都市の1つといわれる。さらに、埋め立てるごみの多くは生ごみなどを燃やした焼却灰だ。その灰を高熱処理して粒状に固め、道路舗装用ブロックに再利用している。その結果、98年に102万トンあったごみは2001年度に25%減になる見通しだ。さらに、埋め立て量は、98年度に28万トンから半減の勢いである。もう、名古屋市には、大規模なごみ埋め立て処分場は必要なくなってしまった。」
この名古屋市のごみ減量を裏方から支えたのが、中部リサイクル運動市民の会である。同団体は、91年から、独自に資源ごみの回収システムをつくった。具体的には、市民が近所のリサイクルステーションに資源ごみを持ち込み、募集した市民リサイクラーがそれを分別し、ネットワーク化した回収業者が資源ごみを回収するというシステムだ。回収業者にはお金を支払って回収してもらっている。このようなソフトがあったからこそ、名古屋市のごみ減量が成功しているといえる。
このように三位一体ならぬ、五位一体(市民・行政・企業・マスコミ・市民団体とのパートナーシップ)を実践することで、名古屋市を劇的なごみ減量に導いた。
中部リサイクル運動市民の会の事業は、地に足がついていて、常に、地域や社会への変化やインパクトを与えるという成果を意識して、経営していることがわかる。これは易しいようで難しいことだ。
NPOの最大の課題は、社会性と事業性をどうやって両立するかだろう。この質問に対しても、明快な回答をいただいた。つまり、
「NPOの経営は、会社経営と同じだから、ニーズのない事業は成立しない。だから、食えるか食えないかということはあり得ない。NPOの活動はたとえ対価をもらえなくても、社会にニーズがあればお金を出す人が必ず現れる。お金を出さないということは、計画が甘いということだ。もし、お金が集まらなければ、事業を始めてしまえばいい。お金は後からついてくる。」
この言葉の中に、NPOという言葉がない21年前から、常に時代をリードしてきた自負が表れていると思う。
上記のリサイクルステーション事業のなかに、市民運動家と社会起業家の違いが端的に表れていると考える。
市民団体である「藤前干潟を守る会」が、市民を巻き込んで、干潟をごみ埋め立て処分場にするという名古屋市の意向に対して、反対運動を展開し、開発阻止を実現した。これは、典型的な市民運動家の活動である。
一方、社会起業家は、反対運動をするのではなく、代替案を考え、実行し、社会問題を解決する。名古屋市は、ごみ埋め立て処分場の建設を断念した結果、ごみ減量という代替案を実現しなければならなくなった。そのときに、すでに、中部リサイクル運動市民の会は、名古屋市で、リサイクルステーションというごみ減量事業を始めていた。まさに、社会起業家として、社会問題を解決していた。名古屋市は、ごみ減量のノウハウやシステムをもっていなかったので、同団体のリサイクルステーションと協力することで、ごみ減量を実現した。まさに、同団体は、不可能と思われていたごみ減量を可能にしたのである。つまり、社会システムを変えたといえる。
社会起業家は3ランクに区分できると思う。一番下のランクは、先駆的な事業で、社会や地域に変化やインパクトを与えようと模索している段階の団体だ。これは名古屋のNPO法人市民フォーラム21・NPOセンターが該当する。真ん中のランクは、先駆的な事業で、社会や地域に変化やインパクトを与えはじめた段階の団体だ。これは名古屋のNPO法人パートナーシップサポートセンターが該当する。最後に、一番上のランクは、先駆的な事業で、実際に、社会や地域にインパクトを与え、社会システムを変えた段階の団体だ。これはNPO法人中部リサイクル運動市民の会が相当すると思う。
中部リサイクル運動市民の会は、このような意味では、社会起業家のお手本といえるだろう。
文責:大川
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